大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(う)1804号 判決 1983年11月09日

被告人 今井長成

大一五・三・一六生 無職

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人楠瀬正淳、同椎名啓一連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小林幹男名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点の一(所得の帰属に関する事実の誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第一(昭和五三年分)及び第二(同五四年分)の各事実について、原判決添付別紙(五)「江川建設工業株式会社の名義による売買物件明細表」記載の不動産(以下、同表記載の不動産を同表の番号を付して「本件物件何号」という。)の取引による所得(原判決添付の各修正損益計算書によると、原判決の認定した被告人の所得は、本判決書の別紙1(以下本項で単に別紙というときは本判決の別紙を指す。)記載のとおりに分類できるところ、所論にいう「本件物件の取引による所得」は、別紙1記載の第一の(4)の(ロ)、第二の一の(4)の(イ)、(ロ)、(ニ)、同第二の二の各所得に限られる。)は、有限会社いげた又は有限会社中町に帰属するのに、被告人に帰属する旨認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、調査すると、原判決挙示の関係各証拠に当審における事実取調べの結果を総合すれば、所論の右各所得がいずれも被告人に帰属するとした原判決の事実認定は、相当としてこれを是認することができる。

所論の右各所得のうち、別紙1第一の(4)の(ロ)の所得は、本件物件四号の販売取引の買主である有限会社大倉からその債務不履行により支払われた損害賠償金に係るものであり、別紙1第二の一の(4)の(イ)の所得は本件物件七号の建物の譲渡による利益及び同物件の賃貸料に係るもの、別紙1第二の一の(4)の(ロ)の所得は、本件物件三号についての第三者間の売買の仲介をした対価に係るもの、別紙1第二の一の(4)の(ニ)の所得は、本件物件二号の販売取引の買主であり本件物件五号の買入取引の売主でもある板倉泰夫からそれらの債務不履行により支払われた損害賠償金に係るもの、別紙1第二の二の所得は、たな卸資産である本件物件一号、四号、六号、七号(うち建物の分は前記総合課税の雑所得を構成する。)、八号(土地上の建物は買入後に解体撤去)、一〇号及び一四号ないし一九号の各土地の譲渡による利益に係るもの(租税特別措置法二八条の四)であるところ、これらの所得は、これらの所得をもたらした各取引を真に行つた者に帰属するといわなければならない。当審における事実取調べの結果を含む関係各証拠によれば、所論の各所得をもたらした各取引は、いずれも契約書及び登記証関係のうえでは江川建設工業株式会社(以下「江川建設」という。)が行つたようになつていること、しかし、右各取引は、同会社が真に行つたのではなく、被告人と同会社の代表者である江川常三郎の話し合いの結果同会社の名義を仮装してなされたものであること、被告人がいずれの取引にも、単独で又は鈴木貞光との連携のもとで深く関与していることは明らかである。所論は、被告人のこれらの本件各取引への関与が有限会社いげた又は有限会社中町(以下、株式会社美鈴を含めて、関連会社という。)の経営者としてのものであると主張する。関係各証拠によれば、被告人が本件各取引に深く関与しながら、自分の関与を表面に出さなかつたのは、本件各取引によりもたらされる所得に関する税金の納付を嫌つたためであること、被告人は、本件各取引への関与の際、取引の相手ばかりでなく、江川常三郎や鈴木貞光にも、自分がその関連会社の経営者として関与している旨を表示してはいないこと、この点に関しては本件物件四号の取引過程で不動産業者仲間の園田司(新光商事株式会社)に共同出資を誘い作成した秘密の協定書には「有限会社いげた今井」の署名があるけれども、それは取引相手に対する書面ではなく、後の右協定破棄の際の念書には被告人の個人名義の署名があるのみであること、本件物件の買入れや販売が関連会社の帳簿に記載されている形跡がないこと、本件各取引の資金が本町田不動産や園田司から出た以外には、被告人の財産、金融機関から自己名義若しくは江川建設等の名義で被告人がした借入金又は他の本件各取引の売上金でもつて賄われていること、右の江川建設等の名義には、関連会社の名義も一部含まれるけれども、本件各取引の売上金は関連会社名義の預金口座に入れられていないこと、被告人は、その本業である司法書士業と前記関連会社の経営とを会計や帳簿のうえで截然と区別し、使用人にも相互にけじめをつけるように指導していたのに、本件取引に伴う登記関係の報酬等を関連会社から徴収せず、また、関連会社の事務を執る使用人にも本件取引を関連会社の取引とは全く告げていないことが認められる。また、被告人は、本件各取引に併行して、被告人個人の関連会社や株式会社秋山商店に対する貸金に江川建設の名義を使い、同名義を被告人個人を示すものとして用いていることも認められる。更に、関連会社三社がもともと独立の事業体としての実質を備えていなかつたとまでは認められず、これらの会社の法人格はこれを否定することはできないものの、被告人が右関連会社を順次設立したのは、被告人の不動産取引による所得に関する税金を圧縮するためであつたとの原判決の認定は、相当であつて、被告人としては、江川建設の名義使用により徹底した税の圧縮を企てた以上、本件各取引について敢えて関連会社を取引当事者にする必要がなかつたといわなければならない。それのみではなく、被告人の供述によつても、本件各取引のそれぞれが具体的にどの関連会社によつて行われたというのか全く不明確である。以上の諸事実に(証拠略)を加えて考察するならば、被告人が本件各取引に関与したのは、関連会社の経営者(被告人が代表者である有限会社中町、株式会社美鈴ではその代表者、役員ではない有限会社いげたではその代理人)としてその会社のためにしたのではなく、真実はいずれも個人として関与したものであつたと認めるのが相当である。なお、所論は、被告人と同じく本件各取引の大部分に関与した鈴木貞光については、本件各取引による所得がその代表する株式会社本町田不動産の所得として処理されていることと対比して、被告人個人の取引と認定するのは不当であるというけれども、関係各証拠によれば、鈴木は、本町田不動産の設立後には本件各取引以外でもすべての不動産取引を同会社の取引として処理して来たこと、鈴木の経営する会社は同会社のみで、鈴木個人の取引でなければ、同会社の取引であると一義的に確定できること、本件の取引も一部同会社の帳簿に載せられ、本件物件一号の取引相手の買主に鈴木貞光夫婦個人がなつていてその売主である本件取引の主体のひとりが鈴木個人でなく同会社であつたことを示していること等に照らせば、鈴木の関与した本件各取引が同会社の取引であると合理的に推認することができるのであつて、これと事情の異なる被告人について原判決のように判断することが不当であるとはいえない。しかも、他人に対する課税判断が直ちに被告人に対する課税判断に影響を与えるものということはできない。この所論は採用できない。

そうすると、所論の各所得が被告人に帰属すると認定した原判決には事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第一点の二(犯意に関する事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第一及び第二の各事実について、被告人は本件物件の売買に基因する所得税の納付については、江川常三郎から、同人が被告人の江川に交付する取引利益の一〇パーセントないし一五パーセントに相当する金員を同人と特殊な関係にあるという国税庁に納付することにより被告人の納税申告が不要となると聞かされ、少なくとも江川に交付した金員が納税されると信じていたから、その部分については納税の認識があつた訳であつて、犯意があつたとはいい得ないのに、犯意があつたと認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、調査すると、関係各証拠によれば、被告人は、かねて本件物件四号の取引折衝に着手していた江川から昭和五一年の末ごろその取引の援助を求められて承諾し、自身で右取引を行うことにしつつ、江川建設の名義を用いることに合意した際などに同人から、江川建設の名義を用いた取引による所得については、同人の知人で国税庁にも勢力を及ぼし得る有力者を通じて国税庁に工作をし、税金が少なくて済むというようなことを言われたことは認められるけれども、(証拠略)によれば、被告人は、遅くとも本件取引当時までには江川のいうことが嘘であると見破つており、単に江川建設の名義を利用して税の圧縮をしようとしたに過ぎなかつたことを認めることができる。しかも、仮に、被告人が本件所得の確定申告当時まで所論のように江川の嘘を真実と誤信していたとしても、江川が被告人に述べたところは、それ自体非合法な方法であるばかりでなく、本件各取引による所得を江川建設の所得として同会社が確定申告をし低率の納税をするということであると認められるから、同会社名義の確定申告が被告人本人の確定申告としての公法上の効果を生じないことは当然であつて(最高裁昭和四六年三月三〇日第三小法廷判決・刑集二五巻二号三五九頁参照。もし、江川建設による虚偽の確定申告・納税が行われたとしても、国税通則法五六条により過誤納金として還付されることになるだけである。)、これらを適法でかつ被告人の納税としても有効であると信ずることは単なる法律の錯誤に過ぎず、記録を検討しても、そのような法律の錯誤により本件の犯意が一部分でも阻却されると認めるべき特別の事情は、これを認めることができない。そうすると、本件に犯意を肯定した原判決には所論の事実の誤認はなく、この点の論旨は理由がない。

控訴趣意第一点の三(所得額算定に関する事実の誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第一及び第二の各事実について、原判決において

(一)  原判示第二の分離課税・土地等の譲渡による雑所得(以下、土地等の雑所得という。)の基因となる本件物件四号のうち、一一筆の土地が農地であり、いまだ農地法所定の許可又は届出がなく、これら農地について所有権が買主に移転していないから、江川建設の名義で被告人が受領したその売買代金は、原判示第二の昭和五二年分の収入に計上できないのに、これを同年分の前記土地等の雑所得の収入に計上したのは事実の誤認であり、

(二)  原判示第二の分離課税・土地等の雑所得の計算上原判決添付昭和五四年の分修正損益計算書の勘定科目<67>貸倒損失金の額は一億二〇〇〇万円と計上すべきであるのに、これを九〇〇〇万円と認定したのは事実の誤認であり、

(三)  原判示第一及び第二の各総合課税・雑所得の収入のうち、被告人が有限会社いげた及び株式会社美鈴に金銭を貸しつけて右各会社から受け取つた受取利息は、右各会社が原判決のいうように独立の事業としての実質を備えてなく、その経営者である被告人そのものであるというならば、貸主と借主が同一人となり、実質上その発生の余地がないから、右利息を収入として計上し、右所得を認定したのは事実の誤認であり、

(四)  原判示第二の本件物件七号建物に基因する総合課税・雑所得、同物件の土地に基因する分離課税・土地等の雑所得を適正に算定するためには、まず一括買入れ・一括売却によつた本件土地建物の各適正価格を求め、取引の全価格を各適正価格との比率により按分して各所得の収入・原価を算定すべきであるのに、この方式を採らず、まず土地価額を算定し、取引の全価格から右土地価格を控除し、建物価格を算定して、土地価格を不当に高額に認定したのは事実の誤認であり、

(五)  原判示第二の総合課税・雑所得のうち、本件物件七号の取引に基因するものの金額、分離課税・土地等の雑所得のうち、本件物件一号、六号、八号、一〇号及び一四号ないし一九号の各取引に基因するものの金額をいずれも過大に認定したのは事実の誤認である、すなわち、右各物件の取引は、被告人と鈴木貞光(本町田不動産)の間で交した利益・経費ともに折半する旨の約束のもとに両者の共同事業として行われた取引であつて、江川建設の名義で取引をするため同会社に支払つた「税金分」の半額は、本町田不動産が負担すべきものであり、被告人の譲渡利益から減額すべきであるのに、それをしないで原判決のように所得額を過大に認定したのは事実の誤認であり、

(六)  原判示第二の総合課税・雑所得の収入のうち、本件物件三号の取引に関する被告人の受取仲介手数料は六九万八〇〇〇円を笹原建設株式会社と折半した三四万九〇〇〇円であるのに、これを五九万八〇〇〇円と認定し、その分右所得を過大に認定したのは事実の誤認であり、

(七)  原判示第二の分離課税・土地等の雑所得の計算中、

(イ)本件物件九号の取得のための飲食代等七万六二二〇円及び本件物件一六号・一七号の取得のため負担した売主の税金一三六六万六七〇〇円は、原判決のいうように本件各取引が被告人の単独の取引であるならば、いずれも全額被告人の必要経費に計上すべきであるのに、それぞれその各半額のみを被告人の必要経費と認定し、

(ロ)  本件物件四号の取得のため園田司に支払つた一〇〇〇万円の全額は必要経費に計上すべきであるのに、このうち八五〇万円のみを必要経費と認定し、

(ハ)  被告人が町田農協や東都信用組合からの借入のため振り出した約束手形に貼用した印紙代は必要経費に計上すべきであるのに、これを認めず、これらのため右所得の額を過大に認定したのは、いずれも事実の誤認であり、

以上の各事実の誤認は、それぞれ判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで調査すると、関係各証拠を総合すれば、所論の(五)の点を除くその余の点に関する原判決の事実の認定はこれを正当として是認することができるが、所論(五)の点に関する原判決の事実の認定はこれを是認することができない。

一、まず、所論(一)の点について。関係各証拠によれば、本件物件四号の土地合計一万四五九〇・九三平方メートルのうち、一一筆合計四七〇四平方メートルの登記簿上の地目が農地であることが認められる。仮に、右一一筆の土地が現況も農地であり(江川建設名義で買受けた契約書の物件目録には現況が雑種地とされている。)、農地法の許可があるまで、被告人から同物件を買い受けた殖産住宅相互株式会社(以下殖産住宅という。)にその部分の所有権が移転しないとしても、この部分を含む本件物件四号全体について昭和五四年五月三一日売買契約が締結され、即日被告人において同会社から支払われた全代金を受領していること、被告人は右受領により右代金を自己の所有として自由に管理処分できることになつたこと、被告人は、売買代金授受の完了後遅滞なく現場で殖産住宅に右物件を引渡す旨を契約書で約し、そのころ右約定を履行して本件物件を引渡していることが関係各証拠を総合して認められるから、被告人には右代金収受によりたな卸資産である本件物件四号の譲渡による所得の実現があつたとみることができる。したがつて、右所得が実現した時期の属する昭和五四年分の収入金額としてこれを計上した原判決には所論の事実の誤認はない。

二、次に、所論の(二)の点について。関係証拠によれば、

(イ)被告人が本件物件四号を有限会社大倉(以下、大倉という。)に売却する契約を結び、(ロ)の金員のうちから九〇〇〇万円を手付金として受領したこと、

(ロ)被告人は、右大倉が本件物件四号を殖産住宅に売却する準備として殖産住宅から借り受けた一億二〇〇〇万円の債務について、昭和五二年一二月二〇日連帯保証をし、右物件の上に抵当権を設定し、同年中にその旨の登記を経由したこと、

(ハ)被告人は昭和五三年二月二五日大倉との間で(イ)の売買契約を解除し、(イ)の手付金のうち六〇〇〇万円を損害賠償金に充当する旨合意するとともに、手付金残三〇〇〇万円を返還せず、(ロ)の抵当権設定登記の抹消のために使用支出し得る金員として被告人の許に留保する旨を合意したこと、

(ニ)被告人は、昭和五四年五月三一日殖産住宅に本件物件四号を売却して受領した代金のうちから、大倉に代位し、殖産住宅に大倉の殖産住宅に対する(ロ)の債務全額を支払い、これにより大倉に対し同額の求償権を取得したこと

を認めることができる。

所論は、抵当権設定登記抹消のための(ハ)の三〇〇〇万円の留保金(預り金)は、いまだ(ロ)の抵当権設定登記が抹消されていない以上、(ニ)の求償権の弁済のためには用いられず、資力のない大倉に対する右求償権全額が昭和五四年中に貸倒状態に陥つていたから、全額を同年分の貸倒損失と認定すべきであつたというのである。しかし、被告人が(ニ)の代位弁済により当然殖産住宅の本件物件四号に対する抵当権を取得したのであつて(民法五〇〇条、五〇一条。被告人と殖産住宅とは、被告人が右抵当権を実行すれば、抵当権設定者の地位を承継した殖産住宅が所有権を喪失し、売主の被告人に民法五六七条の担保責任を求めることになる関係にある。)、右抵当権設定登記を抹消するか否か、したがつて、大倉が被告人に右三〇〇〇万円の返還請求権を生ずるか否かは右求償権取得と同時に事実上被告人の意思のみに依存するに至つたのであるから、被告人は直ちに自己の意思のみにより求償権と三〇〇〇万円の返還債務とを対等額で相殺できる地位を得たものである。被告人が右相殺の意思表示をしていないとしても、かような相殺適状のもとにある求償権中の三〇〇〇万円の部分が貸倒状態に陥つたとは到底認められないから、右求償権の貸倒損失が右三〇〇〇万円を控除した九〇〇〇万円であると認定した原判決には所論の事実の誤認はない。

三、所論の(三)について。関係各証拠を総合すれば、被告人の関連会社である有限会社いげた及び株式会社美鈴が法人格を有することが認められるから、被告人がこれらの関連会社から受領した貸金の利息は実在するものといわなければならず、したがつて、右受取利息を被告人の収入に計上した原判決に所論の事実の誤認はない(原判決に所論指摘のような措辞妥当を欠く箇所があることは否定できないが、これにより右結論に影響を及ぼすことはない。)。

四、所論(四)について。刑事裁判において所得金額の認定にあたり合理性のある範囲内で最も控えめな数額を認定するのは不合理ではないところ、本件物件七号の土地の売買に基因する所得は、租税特別措置法二八条の四の分離課税・土地等の雑所得、同号物件中の建物の売買に基因する所得は総合課税・雑所得であり、前者の税率が後者のそれよりも高率であるから、本件物件七号の土地建物を一括して買入れて、一括して販売したことに基因する土地又は建物それぞれの所得の認定にあたり、まず、買入れた相手の土地の評価額、当該土地の見込時価を参照して土地の価額を算定したうえ、これを土地の原価とし、土地の販売価額も同額として、高い税率の適用される土地の譲渡益を零となし、販売価格の全額から買入れ価格の全額を控除した売買差益をすべて低い税率の適用される建物の譲渡益としたことは、合理性のある処理であるとともに、最も控えめな数額を認定したものであり、かような算定に基づく原判決の右各所得の認定に事実の誤認はない。

五、所論の(五)について。関係証拠によれば、被告人が本町田不動産の代表者鈴木貞光と連携して江川建設の名義を用い、本件物件一号、六号、七号、八号、一〇号及び一四号ないし一九号の買入れ及び販売を行い、昭和五四年中に利益を挙げたことが明らかである。被告人が昭和五三年八月ごろ本件物件一六号、一七号の取引にあたり鈴木に対し買入れ代金を二分の一ずつ出し合つて共同で不動産の取引をし、税金対策として江川建設名義でこれをなし、各自の譲渡益の二〇パーセントを江川建設に支払えば、税務処理は江川建設の方でするから一切申告は不要である旨持ちかけて、鈴木の承諾を得て以来、右物件及びその余の前記の本件物件等についても同様の不動産取引を行つたこと、取引の諸経費・分配金の計算についても被告人と本町田不動産がこれら折半する形式がとられたこと、その後被告人と本町田不動産の間では、江川建設に支払う金員の譲渡益との割合の合意が三〇パーセントに変更されたこと、ただ、被告人が現実に江川建設に支払い又は支払を約束した金額は、鈴木に隠れて支払の当初より譲渡益全体の一五パーセントとして算出された金額のみであつたこと、一連の不動産取引において鈴木が被告人に売主を紹介したり、被告人と共に現地を調査したり、契約や代金授受の場にほとんど必ず同席したりしたことは、原判決の認定するとおりである。原判決は、これらの事実に基づき、本件の不動産取引は一見すると被告人と本町田不動産がそれぞれ出資金を二分の一ずつ出し合つてした共同事業であり、江川建設に支払われた金員は被告人と本町田不動産の各自の譲渡益からそれぞれ二分の一ずつ支払われたもののようでもあるとの判断を示しつつ、他方で、被告人の鈴木に連携を勧誘した動機や鈴木に対する期待内容、被告人の取引・書類作成保管・金銭管理・利益分配等における主体的積極的な役割、鈴木の被告人に対する万事一任の態度及び取引関与の従属的状況等を総合して、本件各取引は被告人が江川建設名義を利用して行つた単独の取引であり、本町田不動産は被告人との共同事業者ではなくその出資者であるに過ぎないと認定したうえ、「本件不動産取引において本町田不動産は出資者として売買益から江川建設に支払われた残額を出資金に対する分配金として受け取つていたものと認めるべきであり、したがつて、江川建設に対し被告人が支払つた金員はすべて被告人の事業による利益金から支払われたものというべきである。」と結論している。しかしながら、たとえ、本件各取引がその取引相手等との外部的関係において被告人が江川建設名義を利用して行つた単独の取引であると認定できるとしても、その取引を行うにあたつての被告人と本町田不動産との内部的関係が共同事業の実質をもつか否かについては、具体的状況に基づいて判断しなければならないところ、前記の事実関係等、特に、双方同率の出資・利益分配・損失分担の合意、両名の業務執行への各関与及び物件ごとの清算の各事実を総合すれば、被告人と本町田不動産との関係は、共同の売買を目的として取引物件ごとに成立したいわゆる当座配合の関係であるとみる余地が十分あり、少なくともその内部的関係において共同事業の関係の実質をもつことはこれを認めざるを得ない(原判決のいう「単なる出資者」が金銭消費貸借の貸主を意味するとすれば、利益分配と適合しないし、匿名組合の出資者を意味するとすれば、匿名組合の出資者と営業者の内部的関係は、共同事業の関係の実質をもつている。)。そして、所得税の課税は、資産又は事業から生ずる収益を享受する者(所得税法一二条)に対しその享受する利益に基づいて行われるのであるから、或る取引に関与した複数の者のその取引による所得は、それぞれの享受した利益の額、すなわち、その内部的関係により導かれる利益分配の額に基づいてこれを算定するのが相当である。被告人と本町田不動産との間では、当初より各自の分配利益金のうちから、その一定割合の金員を、脱税の目的で名義を借りる対価として、江川建設に支払う旨の内部的合意が成立していたのであるから、被告人と本町田不動産の本件各取引による分配利益金の額は、論理上江川建設への支払いの前の段階で計算された取引差益の金額の半額であるとともに、江川建設に支払う金員は、本来被告人の享受する利益金からのみでなく、本町田不動産の享受する利益金からも支払われるべきものである。したがつて、江川建設に支払う金員が現実には被告人から一括して支払われたけれども、その一括支払いの半額は、いわば本町田不動産が、取引差益の清算事務を担当した被告人より分配される利益金の中から、本町田不動産にとつても脱税の協力者である江川建設に改めて支払うべき筋合のものであり、現実の支払手順において本町田不動産の手を経る過程を省略したに過ぎないものと認められる。そうすると、税法上必要経費に計上できない、被告人から江川建設に支払われた脱税の対価である所論の税金分(江川建設に現実に支払われた金員は、必要経費となる江川建設が本件各取引のためにした土地測量等の対価をも含み、これを控除した本判決書の別紙2の<1>欄記載の各金額が脱税の対価である。)がすべて被告人の利益金から支払われたものとし、被告人の利益金の算定に右税金分全額を含めることにした原判決の判断は、誤りである。原判決は、本町田不動産への支払利益分配金とみるべき右脱税の対価の半額をも被告人の利益金と認定した結果、原判決添付の昭和五四年分修正損金計算書の勘定科目<51><70>の各支払利益分配金の額を過少に認定し、それだけ所得額を過大に認定したものというべきである。なお、被告人は、右支払利益分配金の額の計算上一部架空経費を計上したり、江川には鈴木と合意した割合の金額を渡さず、その差額を自己の利益金に留保したりしていて、現実の支払利益分配を正確な折半で処理していなかつたけれども、利益計算を被告人に任せていた鈴木には被告人の右利益分配に全く異存がなく、事実上両者間ではそのように利益分配を決着させていたのであるから、江川交付分の点は別として、現実に本町田不動産に分配した額をもつて江川交付分以外の支払利益分配金の額と認定した原判決は相当である。ただ、反面、右損益計算書の勘定科目<48><61>の工事測量費に江川建設のした前記土地測量等の対価分全額を計上しているのも誤りであり、被告人と本町田不動産との前記内部関係からすれば、その半額のみを計上すべきものである。これらの加減計算に基く数額は本判決書の別紙2記載のとおりである。そうすると、原判決には被告人の原判示第二の総合課税・雑所得を六七万二八七円(支払利益分配金の増加額七五万七七八七円と土地測量費の減少額八万七五〇〇円との差額)、同分離課税・土地等の雑所得を一四二七万六九七一円(支払利益分配金の増加額一五〇八万四四九五円と土地測量費の減少額八〇万七五二四円の差額)過大に認定した事実の誤認があるといわなければならない。

六、所論の(六)について。(証拠略)を総合すれば、本件物件三号にかかる受取仲介手数料が売主広田諭吉からの六九万八〇〇〇円及び買主株式会社殖産興業からの五〇万円合計一一九万八〇〇〇円を、共同で仲介をした笹原建設株式会社(代表者笹原正次)とで折半した五九万九〇〇〇円であることが認められるので、これと同旨の原判決の認定は相当である。所論の種々言うところは適法に取り調べられた証拠に基かないものが多く、採用できない。そうすると、原判決には所論の事実の誤認はない。

七、所論の(七)の(イ)について。本件各取引をなすにあたつての被告人と本町田不動産の内部的関係が各取引の必要経費を互に半額ずつ負担する関係であつたことは前説示のとおりであるから、本件物件九号のための飲食代等七万六二〇〇円、同一六号・一七号のための売主の税金支払額一三六六万六七〇〇円を結論的には両者の平等負担とし、それらの半額のみを被告人の必要経費に認定した原判決には所論の事実の誤認はない。

八、所論の(七)の(ロ)について。関係各証拠によれば、本件物件四号の取引過程で、秘密に被告人と園田司(新光商事株式会社)とが結んでいた共同出資の協定を破棄するにあたり、被告人が園田に一〇〇〇万円を支払つていることは認められるけれども、園田がこの間に右取引のため支払つていた測量費一五〇万円は被告人の負担すべきものであるから、右一〇〇〇万円のうち一五〇万円はその清算の意味をもち、実質的には残八五〇万円のみが右協定を破棄して被告人だけで右取引による利益を挙げるための必要経費としての雑費である(なお、右測量費一五〇万円は別途被告人の必要経費に計上されている。)から、これと同旨の原判決には所論の事実の誤認はない。

九、所論(七)の(ハ)について。同所論にいう「被告人が町田農協や東都信用組合からの借入れのための約束手形振出に際して約束手形に貼用した印紙代」が原判決に計上ずみのもの以外に何を指しているのか明らかではなく、記録を検討しても、右計上済みのもの以外に原判示年分の必要経費となる約束手形貼用印紙代の存在はこれを認めることができない。原判決には所論の事実の誤認はない。

一〇、なお、職権により調査すると、(証拠略)によれば、被告人がいずれも江川建設名義で東都信用組合町田支店から昭和五四年一一月一日八〇〇万円、町田市堺農業協同組合から同年一〇月二三日一〇〇〇万円証書貸付を受けた際、金銭消費貸借契約証書等に貼付した印紙代合計三万七三〇〇円を支出していること、右各借入金が原判示第二の分離課税・土地等の雑所得の収入を挙げるために用いられていることが認められるから、右印紙代が右の雑所得の計算に計上されるべき必要経費であるのに、これを計上していない原判決にはこの分だけ右所得を過大に認定した事実の誤認がある。

一一、以上のとおり、原判決には前記五及び一〇の事実の誤認があるところ、本件所得の右過大認定によつては脱税額を一二三九万円余り過大に認定した事実の誤認に至つていること、右ほ脱税額の過大認定額が高額であることを考慮すれば、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの限りで理由がある。

よつて、控訴趣意第二点(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判決摘示の(罪となるべき事実)は、このうち第二の部分を「第二昭和五四年分の実際総所得金額が三八一七万三七七円、分離課税の土地等の譲渡等による雑所得が二億一〇五二万三七六一円、分離課税の短期譲渡所得金額が一九五一万五七九一円、分離課税の長期譲渡所得金額が八〇二八万六〇四九円あつた(本判決書別紙3修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五五年三月一四日東京都町田市旭町一丁目八番二号所在の当時の所轄町田税務署において同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が七三八万六八五七円、分離課税の短期譲渡所得金額が二八四八万五二六円の欠損、分離課税の長期譲渡所得金額が二六五万二六三四円の欠損でこれらに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると五二万二八一円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税損失申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により同年分の正規の所得税額二億三九四五万七四〇〇円と右還付申告額との合計二億三九九七万七六八一円(本判決書別紙4税額計算書参照)を免れ

たものである。」

と変更するほか、原判決のとおりであるから、これを引用する。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示各所為について原判決の適用した法令を適用し処断した刑期及び罰金額の範囲内で被告人に対する刑を量定すべきところ、控訴趣意第二点の所論にかんがみ、被告人の犯情について考えると、その犯情は原判決が(量刑の理由)として詳細に説示したとおりであつて、本件は被告人が司法書士業のかたわら不動産の継続的売買等をして昭和五三年及び同五四年に挙げた各所得のうち、合計四億五九七四万円余りを秘匿し、両年分とも欠損又はこれに近い所得であるとして、所得税額が源泉徴収税額を下廻り又は零であり、源泉徴収税額の還付を要する旨の虚偽過少の確定申告をし、両年分合計二億九一九五万円余りの所得税をほ脱したという事案であること、被告人が、正確かつ誠実な記帳と納税申告をするという納税者に対する信頼を前提とする青色申告者でありながら、その信頼に反し、事業所得、不動産所得、利子所得以外の所得についての記帳を怠り、右記帳の不動産所得を含めて極めて不誠実な確定申告をして本件を犯したものであること、本件のほ脱税額が巨額であるばかりでなく、所得の秘匿率及び税ほ脱率がほぼ一〇〇パーセントであること、脱税の手段が他人の名義を用いて不動産の継続的売買や貸金をするなどの計画的で巧妙なものであり、かつ明確な脱税の犯意のもとで長期間継続していたこと、脱税の過程に江川常三郎や鈴木貞光らも関与しているものの、これらのなかで被告人が最も積極的指導的な役割をはたし、最も多くの利益を得ていたこと、脱税の動機に酌むべきものがないこと、犯行後に証拠隠滅を活発にするなどの点があつたことに照らせば、被告人の刑事責任は甚だ重いといわなければならず、反面で、被告人が本件を含む昭和五二年分から同五六年分までの所得税本税その他合計四億八九〇〇万円余りを完納し、改悛の情を示していること、被告人には前科前歴がないこと、被告人が長年司法書士として働き、司法書士会の役員をも勤め、公的な表彰を受けていること、本件発覚後司法書士の業務を中止しており、本件判決が確定すればその資格を失うこと、その他所論の指摘する被告人のため酌むべき諸事情を十分考慮したうえ、被告人を懲役一年二月及び罰金七〇〇〇万円に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入し、同法一八条により、被告人が右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老原震一 和田保 杉山英巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例